pattison JOURNAL

日常のログとして。生活、たまに映画、まんが

コメダ珈琲(追記も)

をまるっとパクった喫茶店があるのですが(裁判もあったり)、なんとなく敬遠してたのに子に連れられて一度来たら、本家より座席がゆったりしてて、適度に空いてるし、気に入って、それ以来ひとりで何度か来てる

今日も送迎の合間にやってきた

 

昨日、顔の近くでゴホゴホした人(その後早退)がいたのと、コロナの病み上がりの方と30分以上話してたのとかがあって、悪寒がするような気がするのとぼんやりするのと、なんか落ち込みやすいのとかで、今何かに感染しているのではと思いつつ、喫茶店とかにきて、すみません

もうすぐ迎えの時間だわ

 

『愛と哀しみのボレロ』見に行けたけど、話を全く忘れてて、ジョルジュ・ドンのボレロに辿り着くまでの3時間がだいぶ辛かった。途中で気分悪くなったり、お腹痛くなったりもあり…

最近ナチス絡みの場面が出てくると恐ろしくて恐ろしくて、歳のせいもあるけど、昔のように気楽に見られない。『ペルシャン・レッスン』もレッスン場面の緊張に耐えられず、すぐに離脱しちゃった

今の日本、ナチス・ドイツに似てきてるし?

誰にも止められなかったの、昔はなんで?と思ったけど、今それを目撃してるのかもしれない

あと、今、実際にジェノサイドが起きてて、遠い昔のことと思えないから

 

パリに住んでたユダヤ人の夫婦が列車に乗せられて収容所に向かう途中で赤ちゃんを線路に「捨てる」んだけど、駅に大勢のユダヤ人が連行されてきて、静かに乗り込むのを待ってる、カメラを引いて撮られた場面がとても怖かった。

ガス室のシーンもあったけど、まだ生存者も大勢いた頃にこんな映画を公開してるの、今ならとても暴力的に感じるな

 

続きは後ほど

 

主なキャストは全員白人で、ゲイの息子は自殺未遂、敵と寝た女はリンチに遭って、故郷で自殺、みたいなの、時代を感じる。自分が生まれ育った時代だ

でも、それはそれで、その価値観がフイルムに残ってることには価値があるよな

昔見たときはもう少し背景を知ってることがあったのに、たぶんずいぶん忘れてしまってて、見てて歯がゆい感じもあった。リドって有名な店だった気がする、みたいな

戦争のことも、それを見る当事者のことを思うと表現が暴力的過ぎないかとも思ったけど、表現されないとどんどん忘れられる。わたしも忘れてた。たぶんいろんな表現に含みがあるんだろうけど、忘れてるな

 

今年のアカデミー賞受賞作品に第二次世界大戦関係のものがいくつもあったので、見ようと思う、怖いけど

 

バレリーナの人、当時とても人気だった記憶があるけど、忘れた。ジョルジュ・ドンを見られて、それは満足だった。

ボレロを最近ずっと聴いてて、ボレロは速いとダメだとラヴェルが言ってたそうだが、踊る人にはどのくらいの速さがいいんやろと思ってたけど、ジョルジュ・ドンのも、わりと速いほうなのではと思われた。小澤征爾指揮のも、わりと速いと言われてた

ロシアパートの男の人のセリフがいちばんぐっときたな。戦争は絶対悪だ。戦争を始められる人は愛を知らないから始められるのだ、みたいな感じの詩だった。絶対悪とは言ってなかったけど

 

 

パレスチナ戦争が始まる前の中東は平和で、ヒッピーたちはヨーロッパから出てたインド行きのバスで、遥々旅してたんだって、ポッドキャストラジオで聞いた。誰のせいでこんなことに